chuco 中広 広告と生活情報誌
INDEXへ戻る 企業情報 事業案内 採用情報 IR情報 お問合せ
コラム 導線
ニューメディアを目指して〜全国に200誌、1,000万世帯に向けて〜
あなたは今の会社で、どこまで出世したいですか
 思いの丈を綴り、連載250回を超えた小紙のコラム。我社のHPの「社長ブログ」も、4月末で連続1,655日を数えます。これもひとえに、各位のご支援の賜物でございます。厚く御礼申し上げます。
 ある先輩が「定年を迎えたら地域のために働け。古希を迎えたら天下国家を論じろ」と言われました。還暦過ぎた私には「業界のために働け」と聞こえます。2003年秋、「広告業を通じ、疲弊する地域社会・地域経済を活性化したい」との熱い思いで、全国の広告会社32社が京都に集い、「日本地域広告会社協会」(JLAA)を旗揚げしました。そして10年。JLAAは現在、北は北海道、南は九州鹿児島まで地域の広告会社60社、売上規模約1,000億円、従業員数約3,500名に成長しました。今号は、その記念総会での挨拶を掲載いたします。「疾風に勁草を知る」感の10年間でしたが、それを振り返りながら、新たなる10年、JLAA活動「20年畏るべし」に向かって、業界のためにとの私の心意気を述べます。
ー皐月・如水ー
あなたは今の会社で、どこまで出世したいですか
 2003年10月、地域に根を張る広告会社精鋭32社が、全国から京都清水寺に集い、「地方から日本を元気に」を合言葉に産声をあげて、10年が経ちました。
 本日ここに、北は北海道から、南は九州鹿児島まで、44都道府県のエリアワンを目指す広告会社60社が、再び、千年の都・京都に集い、創立10周年の総会を開催することができました。これもひとえに、創業の礎を担って頂いた村田侑三初代理事長をはじめ、関係各位のご尽力の賜物と、衷心より感謝申し上げます。誠にありがとうございます。会員各位と共に、一里塚に辿り着いたことを喜び合いたいと思います。
 さて、JLAA創設期であった2000年代初頭の日本は、政治的には明治以降140年続いた中央官僚を頂点とする律令国家に軋みが生じ、戦後60年間、政権を担った自民党が自壊しました。2009年に本格的な政権交代が実現し、中央集権から地方主権へと国家の形が変わると期待されましたが、衆参院のねじれ状態に翻弄、その機能は現在、遅々として進まぬ状況にあります。
 経済的にはバブル崩壊。失われた10年。そして、リーマンショックに象徴される金融危機。新興国の追い上げ、円高に苦しむ製造業の海外移転が進み、活力を失い30数年ぶりに貿易収支赤字。所得収支を含む経常収支も赤字に転落。瀕死の状況にあります。
 また、東日本大震災からの復興は原発事故の後遺症が大きくのしかかり、瓦礫の処理すら十二分にできない状態のままです。20兆円に及ぶ復興予算も、被災地の未来に有効な手立てを見出せず、闇に沈もうとしています。大震災は、日本人の心を一つにして、再生への活力に火を付けた筈でしたが、大震災から1年、残念ながら、元の木阿弥。日本列島の地盤沈下に歯止めを掛けられずにいます。
 日本列島にかかった暗雲は、一層重く立ち込めています。取り分け、私たちが担わねばならない

地域社会、地方経済の活性化への取り組みは、高齢化の進行、集落の崩壊、地場産業衰退によって、まったく先の見えない危機にあります。
 この日本列島のおかれている政治、経済、社会の状況、疲弊しきった地域の現状、地方の姿。逃げ出したくなるような状況です。しかし、地方の広告会社が姿を消せば、地方はより衰弱し、やがては消滅してしまうでしょう。日本列島各地の輝きが失せてしまいます。
 そもそも、JLAAの発足の経緯は、よくある業界団体のように、現状を憂いたり、傷を舐め合ったり、愚痴のはけ口にしたり、お互いの腹を探り合ったり、そんなセコイ集団にはならないという暗黙の了解でスタートしました。
 ですから、節目の総会では、疲弊する地域を何とかしよう、という思いを伝え、広告は社会を写す鏡である、広告の力で地方から新たな命を生み出し、輝きのある地方を創る礎たろう、と主張してきました。

あなたは今の会社で、どこまで出世したいですか

  第7回総会では「地方一揆」を掲げ、地方の特徴・独自性を発揮すべく中央主権・中央一極集中に抗おうと、会員がエリアNo,1の広告会社にならねばならないと、檄を飛ばしました。以来、JLAAは「エリアワン」の集団を目指しています。
 広告業界は日本経済の収縮に伴い、その規模も減少しています。最盛期には4300社、GDPの1%の5兆円市場だといわれていましたが、現状は、3500社を割り込み、4兆5千億円程度に落ち込んでいるのではないかと思われます。今後、市場の拡大を望むことは不可能です。むしろ、廃業、淘汰、再編の方向に向かうことが予想されます。
 ことに、地方の広告代理店は、地方紙の衰退、凋落に引きずられる形で加速されるでしょう。この状況下で、独自色を出し、特異な存在として、地域経済の要としての役割を担うには、相当な覚悟と知恵、知識、発想、行動力が不可欠となります。
 JLAA発足の主旨は、広告業を通じ、疲弊する地域社会・地域経済を活性化することにあります。第8回総会では、広告とはなにかをテーマとし、時代の変化に捉われぬ広告会社の原点を放棄してはいけないと、「原点回帰」を掲げ、足元を見つめ直しました。ネット研究会を発足し、ネット社会の到来に、地方の広告会社は何をなさねばならないか、を自問し、ネット情報ツールの充実を図っています。
 さらに、昨年の第9回総会では、大震災の衝撃に腰を引いてはいけない、むしろ、広告会社の役割と使命は大きいとの視点で、「負けてたまるか10連発」と称し、新たな取り組み、活動を展開する会員の覚悟と決意を込めた成功体験の報告を受けました。そして、改めて、地域とは何かを問う意味で、テーマを「地域密着」にし、JLAAは全国47都道府県に組織する決意で望みました。結果は、岩手・山口・佐賀・沖縄の4県が未組織のまま、本総会を迎えました。

あなたは今の会社で、どこまで出世したいですか

 今回の第10回記念総会テーマは、「めざせ!スーパーローカル」です。戦後日本は、どこの街に行っても、村を訪ねても、金太郎飴のように、首都東京一の繁華街「銀座」が誕生しました。それが、地方が目指した街の姿でした。その結果、どこにで

もありそうな商店街が賑わいの中心地になりました。その特徴のなさが、大店舗法の施行に伴い、シャッター通りとなり、地方の衰退の象徴となっています。
地方を活性化するには、その地域、そのエリアに、他の地域とは一味も二味も違う創意工夫が求 められています。政治的に言えば、地方分権・地域主権となります。
 経済的・社会的には「スーパーローカル」を創造するということになります。広告の仕事も多義に渡りますが、JLAAが目指す広告会社の役割は、会員各位がそれぞれの地域で、「スーパーローカル」を創造することです。そのための情報交換を深め、会員間で競いあい、地域おこし・地域再生の先兵となることを目標とします。
 媒体社の下請、印刷会社の代理業、或いは、メディアミックスと称する様々な媒体を駆使する代理業務では、広告会社は、もはや生き残ることは
できません。企画力を身に付け、クライアントの痒い所に手が届く提案型、ソリューションやコンサルタント、また、広告代理業でタブーとされるメディアを独自に開発し、ビジネスモデルを転換しなければならない状況にあります。

情報誌の果敢な取り組み
 それには、二つの問題をクリアする必要があります。一つは、一にも二にも、「人材の育成、教育」です。JLAAが設立以降、最も力を入れてきたのが、人材育成委員会の広告大学です。最先端の広告技法を学び、より質の高い企画提案のできる人材の養成です。全国組織ゆえに、営業の一線で活躍する人材が集うのは難しいのですが、成果をあげてきました。10年の計は人づくりにあり、と申します。人材の育成の充実は図らねばなりません。
 もう一点は、「収益率向上」です。発足当初、粗利率30%の目標を掲げたところ、会員間には無理だ、との声がありました。広告代理店の粗利益は精々20%です。しかし、代理業務から脱却し、広告会社になれば粗利益30%も可能です。
 適正な利潤をあげることによって、はじめて、広告業が事業として成り立つ、との信念のもと、第7回総会以降、経営指標、財務体質、人事管理、コスト管理などを議論する管理部門交流会がスタート。体質改善の努力がなされています。広告会社は、優秀な製造業の営利目標に習い、「営業利益2桁」を目標とし、それに向かって貪欲にマネージメントしなければなりません。
 この2点の課題を如何に実現するか。今後、JLAAが発展・成長するための大命題であります。
 「十年偉大なり」と申します。JLAA10年の歩みは、まさに、日本経済に吹き荒れた強風に耐えて辿り着いた道だといえます。疾風に勁草を知る感があります。「十年偉大なり、二十年畏るべし、三十年歴史になる」の言葉のように、本総会から10年後、JLAA畏るべしと、地域社会に認められるべく、切磋琢磨して、広告業界の新たなる地平を創って行こうではありませんか。日本で最も活発な活動を続ける広告会社の共同体として。
 ご参集に心より感謝とお礼を申し上げます。

2012年4月20日 JLAA理事長 後藤一俊
 

 


過去のコラム一覧

導線〜社長コラムに関するご意見・ご感想はこちらから
社長 後藤一俊のブログはこちらから